田母神氏への懸念

航空自衛隊の前空幕僚長の論文の内容が報道されてから、私はネットを含め色々なご意見を見聞きしてきましたし自分でもネット上でチョコチョコ私見を述べて来たのですが、個人的に田母神さんの言動で気になったのが事実を軽んじる姿勢でしょうか。
歴史学の通説に基づかない事を述べる割りには根拠が既に論破されたものだったり、「歴史教育とは自国の良かった点だけ教えるものだ」と言ってみたり。

素人の私がこんな事を言うのもなんですが、個人的には学問の各分野における通説と違う事を言っても構わないと思っています。ただし、それは十分な根拠を持っていた場合に限っての話です。確たる根拠もないのに常識に反する事を語っていては酔漢の駄法螺と大差無くなってしまいます。
今では常識化してる地動説や大陸移動説も、根拠がしっかりするまでは常識外れの法螺扱いされてた時期が有りましたし。

また、教育の場において自国に都合の好い点ばかり教えてネガティブな所には触れないと言うのも非常に勿体無く思います。侵略にせよ敗戦にせよそれが日本史上の事実ならばそこから何がしかの教訓を得ることが出来るし、もしそれが敵わなければまさしく歴史的丸損であり、自分としてはその時こそ立ち直れないくらいの落胆を感じてしまうのではないかと恐れます。
田母神さんは単純に「日本の国は悪い国だと教えて立派な日本人が育つだろうか。」と仰るけれど、本当に教えられた側が希望を失うくらい「悪い」と言うのはどういう事なんだろうかと考えた時に、過去に過ちが有ったと言うだけでそうなるんだろうか?と疑問に思いました。
生まれてから死ぬまでに一度も失敗を犯さない人はいないですが、それでは誰もが絶望に打ちひしがれて無為に暮らしているのでしょうか?そういう方も少なくはないと思いますが、挫折を経験しても立ち直る人も少なくなかったりします。その差はどこに有るのでしょうか?

個人的な経験や見聞きしてきた話から考えると、失敗の克服、とまでは行かなくてもその目処が立った辺りから随分人は変わってくる様に思います。(プロジェクトXとか、スポ根コミックとかでお馴染みのパターンw)
逆に自国の歴史上の問題点を知らずに育った場合、他所の人からは繰り返し責められてしまうのは避けられないし、自身も歴史的な失敗を重ねてしまう恐れも大きい訳で。3歩歩くうちに全て忘れられるならそれはそれで失敗続きでも幸せに生きられるのかもしれませんが、果たしてそんな人はどれだけいるのやら・・・