痛恨!

TVのタモリ倶楽部を見てから何の気なしにチャンネルを変えてたらNHKのBS-2で「ニュールンベルグ裁判 JUDGMENT AT NUREMBERG」をやってたので慌てて録画。BS-1のドキュメンタリーはまめに放送予定をチェックするようにしてたのですが、映画関係はさっぱりサボってたのでこれは完全に盲点でしたね。まさに痛恨の極み。

全ての卵が壊れてしまう前に

Humpty Dumpty sat on a wall.
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
couldn't put Humpty together again.

ハンプティ・ダンプティが 塀の上
ハンプティ・ダンプティが おっこちた
王様の馬みんなと 王様の家来みんなでも
ハンプティを元に 戻せなかった


Wikipediaハンプティ・ダンプティの項目より引用

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レンタルショップの罠

この頃法華狼さんの所で続けてコメントさせて頂いてる私ですが、その時にチラッと名前を出した[Charlie Wilson's War]が無性に見たくなってきてムズムズしたりなんかしちゃったりしてこの、この!と落ち着かないんですな、これが。
TBSラジオの「コラムの花道」で評論家の町山さんの仰るには主演のトム・ハンクスプレイメイトとホットタブパーティーを繰り返しちゃうそうで、主人公チャールズ・ウィルソンの[Good Time Charlie]っプリも遺憾なく再現されてるそうで否が応にも期待が膨らみます。<それかい
さ、これでおいらも「グッドタイム・デミトリー」ですよ!と勇んでレンタルショップに乗り込んだ私でしたが、初っ端から嫌な予感に襲われます。久しぶりの店内はDVDの棚が2列ほど少ない・・・邦画と、洋画と、仲良く1列ずつ減ってるみたい・・・。しかも減ってる上にヤケにTVドラマのスペースが広がってます。24とかプリズンブレイクとか。あまりソッチには興味の無い人なので気分はリトルグッドですよ。そして映画作品の棚を探し回った結果、
無い!掠りもしない!欠片も落ちてないッ!!!
ミ〓■●_<もうダメポ
落胆のあまり、半ば放心状態で店内をさまよう私。傍から見ると歩く屍ですね。うーあー。皮肉な事に、そんな濁った視線の先に捉えたものこそは「炎の戦線エルアラメイン」、イタリアの作品です。イタリアがドイツと共に英軍と戦う第2次大戦北アフリカ戦線のお話、ってアレですか!ヘタリアの呪ですか!散々ツマランとかヌルイとか言いたい放題の果てがコレですか!Mamma Mia!
もうこれ以上ジタバタしても田舎のショップの事、どうにも手の打ちようが無いので潔く借りてまいりました。思い返せば小学生の頃、叔父さんが買ってくれたプラモが何故だかタミヤの[88mmGun Flak36/37]でした。そう、件の北アフリカ戦線において連合軍を震え上がらせたドイツ製の傑作火砲なのであります。小学生相手のアイテムに何故コレだったのかは今もって謎。当時の私は「どうせなら戦車にして欲しいな、ガンプラだったら言う事無いけど」などと勝手な事を考えてましたっけ。
とはいえ、組み立て説明書に掲載されたバトルアックス作戦の物語は血を沸き立たせる効果抜群で、非常に印象的でしたね。キットは途中で挫折→廃棄と相成りましたが、いまだに説明書だけは大事に取ってあったりします。
閑話休題。そんなこんなで何となく因縁めいたものも感じるこの作品、折角ですから拝見した上で感想なんか書いてみようかな、と言う気になってきました。本当は撮り貯めしたドキュメンタリーetcが積み上がって崩れそうになってるんですがそんな事(゚ε゚)キニシナイ!あとメンドクサクなったら忘れた振りして逃亡するつもりですが(゚ε゚)キニシナイ!<コラ

機動戦士ガンダム00 2nd season 第14話「歌が聞こえる」

先ほど晩飯がてら見ていたガンダムが面白かったので、その観想をUPしてみようかと思います。
クライマックスの、宿敵であるキャラを主人公が討ち取ろうとするその瞬間に思い留まると言うのは他作品でも繰り返し用いられてきたパターンでしたが、そこで影の薄かったヒロインが再浮上してきたのは面白かったですねぇ。それまでの無力振りが気の毒なくらいだっただけに、ファンタジー的ガジェットのお陰とはいえキャラクターの持たされている方向性をそっくりそのままで話の流れを転換させる機能を果たせた事で、物凄く印象的なシーンになった様に思います。
ここで再びクローズアップされた00ライザーの思考伝播機能。最初のお披露目の時はハダカ空気椅子機能に目を奪われたりした訳ですが(苦笑)、今考えるとアレは当人の皮膚感覚が周囲に伝わっていたと解釈できなくもないなぁ、とか思ったりします。
まぁそういうのは兎も角として、本来なら人の頭蓋の中に封じ込められていて伝えるのに一苦労も二苦労もする主観が他の人間にダイレクトに届いてしまう、と言う仕組みを使って凡人にもニュータイプの真似事が出来てしまうと言うのが新たな展開を期待させてくれるのでちょっとwktk。
それからこの機能のお陰で主人公の狼狽、と言うか動揺振りも「さもありなん」と納得させられてしまいました。この辺が先の期待感に繋がるのですが、それまで主人公を突き動かしてた使命感や復讐心というもの、傭兵の駆るMSを刺し貫こうとする瞬間は恐らく復讐心の方が強かったのではないかと思うのですが、この復讐心と言うものはある意味で
「あいつが悪い」
「自分は被害者」
と言う所にだけ目を向け、そこを動かさない様にする思考停止とも言えそうな側面を含むため、それと正反対な思考や感情が流し込まれると主人公のように固まってしまってもおかしくないんじゃないかと言う気もするんですよね。なにしろ彼らの活動は「戦争根絶のための戦争」と言う矛盾に満ちたものである以上、戦い続けるには自分の抱える矛盾を見ないようにしようと言う不断の努力が要る筈なんです。大勢の人間が集まっていると必ずその矛盾を指摘するのが表れてしまいますからまず実を結べない類の努力なんですが、10人にも満たない人数で固まってると結構これが確固たるものを結んでしまうんでしょうね。
何が何でも(他人の掌で踊らされてたと知っても)ひたすら突っ走ってきた主人公がよりによって肝心の瞬間でフリーズする程の衝撃を受けたというのは、ダイレクトに伝わってきた歌の内容や歌ってる人間の感情が主人公のものとあまりにかけ離れていたと言うより、むしろ見ない様に避けてきたものだったのではないか、と思う訳です。他を圧倒する性能の兵器を持つ彼らにしても多分、あの人数で世界を敵に回すのは荷が重い話の筈です。そんな事を延々続けてる間に知らず知らずのうちに絶望といったら良いのか、心に歪みが溜まってしまうんじゃないかと。もう自分達は一生平穏な暮らしとは縁が無いんじゃないかと言う気持ちになってしまうのじゃないかと。TV版で語られる時代以前にもあの組織から死傷者が出ていると言う事がチラッと仄めかされてますし、1stシーズン終盤でも身近な人間の死を見てきている訳です。そんな彼らにある種の疲労と言うか、絶望的なものが蓄積されない筈が無いんです。特に、その否定し難いものをあえて見ない様に努めていないと前に進めないのが00を駆る主人公ではないかと。
そこにただひたすら純粋な「平穏な日常が失われた悲しみ」だったり「楽しかった頃の思い出」だったり「両親への思慕」だったり「未来への希望」だったりが流し込まれると、心の傷の一つ一つに染込む様なものが湧き上がってくるんじゃないかと思いますね。もうむちゃくちゃ激痛を感じててもおかしくないだろうと。
そういうものを想像させられただけに、あの歌がエンディング曲として使われた演出は私の心を鷲掴み、イヤ鷹掴みだった訳ですよ!<それが落ちかい

明けましておめでとう御座います

今年も宜しくお願いします。去年はブログを始めた途端に悶着を起こしたりして大変だったので、今年は気を引き締めていきたいな〜、と。

明け方、年賀状が足りなくなってコンビニへ走ったら入口にもたれかかるようにして野良猫が寝てました。寒風吹きすさぶ中でよく寝てられるものだと、軽く感動したり。この子にしてみれば寒さより食いっぱぐれる方が余程堪えるって事なんでしょうか?確かにとても人懐っこい子なので、立ち寄った女子学生はこぞって餌を上げてしまうモヨウ。お陰で少し肥満気味です。
私が傍を通りかかっても逃げるどころか「ムニャムニャもう食えないよ」てな感じの寝言をつぶやいてました。写真のフレームから外れてますが近くにはなにやらフードの載った皿が・・・どうやらショップ公認になったようです。
幸あれ。寄る辺なき猫達に幸あれ。